天照す 後編
伊東の元で啖呵を切って祐太を取り返してはきたが、それでもガキの面倒など
見ていられるか、と強情に拒絶を続けた土方が結局我を折る事になったのには
理由がある。
「やっぱりなぁ。なんのかんの言ってもトシは面倒見が良いから、
こうなると思っていたんだ」
と、好々爺の如き慈顔を崩して笑う近藤の言葉と。
「・・・・・・二度と伊東先生に抱かせたりしないでくださいね」
と、満面の笑顔の中、それだけは笑っていない鋭い眼で自分を見据える
弟分の異様な気配に抗えなかった事もある。
けれど真実力を発揮したのはこの小さな命の激しい主張によるものだった。
伊東の元で余程怖い思いをしたのだろう。
生まれたてで世の理は勿論の事、言葉さえ理解できない赤子が
肌で感じた恐怖は本能にそのまま働きかけたらしい。
セイ達のいる離れでは今までと何も変わらず大人しく眠っているが、伊東の気配を
感じる幹部棟に連れてこられた途端、火がついたように泣き叫ぶのだ。
そんな祐太が唯一安堵したようにいられるのが土方の傍らしい。
元々土方に抱かれるとぐずっていても大人しくなる事が多かったが、
ここまで反応が顕著では無かった。
「そりゃあ、恐怖のどん底から救い出してくれた腕だ。理屈を超えた部分で
絶対の安心感を持ったんだろうよ」
後に事情を聞いた松本法眼が呵呵と笑った。
その言が確かだと示すように、隊士達の大声には時折眠りを覚まして
怯えたように大泣きする事もあるが、それが土方の怒声であればどれほど
大声を出そうともぴくりとも反応せずに安らかな眠りから目覚めようとしない。
大人達の誰の言にも首を横に振り続けた男が、眠って食べてまた眠るというだけの
赤子が本能のままに泣き叫ぶその姿に負けてガクリと肩を落としたのだった。
そして気づけば副長室で面倒を見る事になってしまった赤子が、
今も土方の膝で眠っている。
あぐらを組んだ上に眠る赤子を乗せたまま文机に向かって書類を書く。
時折報告事項などで副長室を訪れた隊士が入室と同時に目を丸く見開き、
必死に笑いを噛み殺しながら報告を済ませ、退室するやいなや走り去る。
その後遠くで聞こえる爆笑とドンドンと床を叩く音に最初の頃こそ
ブルブルと怒りに震えたものだが、それにももはや馴れてしまった。
怒る気力も無くなりつつあるというのが事実かもしれないが。
赤子というのは泣くものだ。
それが仕事でもあるのだから。
腹が空いたといえば泣き、襁褓が汚れたといっては泣く。
けれどそれらは欲求を満たしてやれば落ち着きもするが、どうにも厄介な事が
夜泣きともう一つ。
この小さな固まりは、土方が自分から離れると殺されるような声で泣き続けるのだ。
総司が隊務についているのは一日のうちの三分の二程度。
その間は副長室に置かれる事となる。
土方にしても厠にも行けば風呂にも入る。
時には赤子から離れる事も仕方が無い。
その間犠牲として命じられた隊士か幹部が、厠の前や風呂の前で
泣き喚く祐太を抱えて土方が出てくるのを待っている。
赤子の泣き声を耳にしながら用を足す・・・いっそ肥溜めに沈めてやろうかと
思った事も一度や二度ではない。
それでもあまりに激しい祐太の泣き声を案じたセイが、無理を押して寝床を出た
挙句に庭先で座り込んでしまい、それを見つけた総司の取り乱した様子や、
昼夜を問わずやかましく響き渡る赤子の泣き声にも文句を飲み込んでいる
隊士連中の事を思えば、感情のままに赤子を突き放す事もできない。
まして自分が離れる事に激しい拒絶反応を起こすという事は、それだけ伊東の
近くにいた時の恐怖が大きかったという事なのだ。
同じ思いを知る者として、奇妙な親近感を覚えたのかもしれない。
それでも散々赤子に振り回される日々の中、このままでは自分の仕事に
重大な失態が出るのではないかと不安を覚えずにはいられなかった。
だが、慣れというものはあるらしい。
「・・・んん・・・っ・・・」
そろそろか、と予想していた通りにぐっすり眠っていた祐太の口元が
むずむずと動き、同時にふわぁ、と大きな欠伸をした。
小さな手を顔に擦りつけるように動かす様子が何とも愛らしく見えてきた。
「ほぇ・・・」
本格的に泣き出す前に、暫く奇妙なぐずり声を出すのがこの赤子の癖らしく、
その間に赤子が望む事を察知して対処する余裕が出来る事がありがたい。
よくよく観察していれば、それなりにわかりやすい合図を出す事に気づいたのは
いつだったろうか。
「おめぇは二親に似ねぇで、出来たガキだよな・・・」
祐太の口元に用意していた重湯を宛がいながら土方が目元だけで微笑んだ。
散々手を焼かせられたのは確かだが、それでも不憫に感じないはずもなく
自分が離れる事で呼吸も詰まるほどに真っ赤な顔をして泣き喚く姿は
土方の胸に迫るものを呼ぶ。
「おっ母さんが元気じゃねぇと、おめぇも困るよな」
いつの間にか愛着を感じるようになったこの赤子を思えば、母であるセイに
一刻も早く元気になって貰わねばならないだろう。
子に母親は必要なのだから。
「・・・・・・くふっ・・・」
腹がくちくなったのか、小さな吐息を丸く吐いた祐太を抱き上げた土方が
屯所の中のとある場所へと足を向けた。
「・・・・・・」
うつらうつらとまどろむ中で誰かが自分を呼んだ気がした。
「ぁにうぇ・・・?」
眠りの中で朧に呼ぶと、誰かがぎゅっと自分の手を握る。
「・・・?」
薄っすらと開いた瞼の向こうに自分を気遣わしげに見つめる
見慣れた男の顔がある。
「・・・沖田先生・・・」
吐息のような声で囁けば、その男の瞳の中で不安がゆらゆらと揺れた。
「セ・イ!」
一瞬の後に呼ばれた自分の名にようやくセイの意識が覚醒した。
「あ・・・すみません、総司様。寝ぼけていたみたいです」
ふわりと微笑むその顔には、やはり血の気が薄いと総司は感じた。
握り締めたままだった手の平も、心なしか骨ばってしまったような気がする。
まるでこのまま空気に溶けて消えてしまうような不安が付きまとって
時折耐え切れない恐怖に叫び出したい衝動に駆られる事もあるのだ。
けれど今のこの人の前では、そんな弱い自分を見せる事は出来ない。
ぐっと腹に力を入れて、総司がニコリと微笑んだ。
「あのね・・・そろそろ夕餉の時刻なので、起こしたんですよ」
「夕餉・・・ですか・・・」
セイの眉根が微かに寄せられた。
食べなくてはいけない事は理解している。
食べなくては体が回復するはずもないのだ。
けれど食べ物を見ただけでこみ上げてくる吐き気が、それを口に入れる事を
阻んでしまう。
苦しげに目を伏せたセイを困ったように見ながら、総司がそっと膳を差し出した。
「え? ・・・これ・・・?」
セイの眼が真ん丸に開かれる。
それも道理だろう。
いつものように隊の賄所の無骨な男が用意した物が出るとばかり思っていたら、
何とも予想外の物が並んでいるのだから。
くすくすと総司が笑みを零した。
「これね、土方さんがやったんですよ」
「ええっ? 副長がっ?」
「おい!」
そろそろ夕餉の支度でも始めようかという頃、賄い方のたむろする隊の厨へ
赤子を抱いて踏み込んできた男の姿に皆が硬直した。
「神谷の夕餉の膳は誰が作っている?」
まさか副長直々にそんな事を尋ねるなど誰も思いはしない。
聞き間違いかと間抜けた顔で首を傾げた。
「は?」
「惚けてるんじゃねぇぞ。神谷の夕餉だ。誰が作ってやがる? 何を食わせてる?」
今度こそ間違いなく問いの趣旨を聞き取った男が、おずおずと説明し出した。
「馬鹿野郎がっ! そんな事じゃねぇかと思ったよ! ろくろく食えない病人に
皿一杯の料理と土鍋ごとの粥なんて見せたら、げんなりするに決まってる
だろうがっ!」
土方が呆れた通りで、好きな物を好きなだけ食べられるようにと、食欲の無い
セイを思いやっての賄い方の配慮は見事に裏目に出ていたのだった。
大皿に山と積まれた料理など、普通の人間でも余程空腹でない限り
逆に食欲が減退しかねないだろう。
そこに思い至らぬ所が男所帯の哀しさか。
祐太の背を土方がポンポンと叩いた。
「けふり」と腹の中の空気を吐き出した赤子の背を摩りながら
ひとつ呆れた溜息を落とした土方が口を開いた。
「誰かっ、蔵へ行って来客用の絵付きの小皿を2.3枚持って来い。ああ、
局長がどっかの藩の京都留守居役から貰った小鉢があっただろう。
あの薄紫のだ。何だか大層な銘がついてたが構わねぇ、あれも持って来い。
それと黒漆の椀もだ!」
その言葉を復唱した者が脱兎の如く駆け出して行く。
「誰かひとり、俺の言うとおりに料理を作れ。量は少しでいい。
ただし手を抜くんじゃねぇぞ」
鬼の副長直々の指図だ。賄い方の者達が震え上がった。
硬直した者達に細々とした指図を与え終えた土方の背後から、
間延びした声がかかった。
「いったい何事ですか〜?」
その声に土方の片眉が吊り上り賄い方の男達が声にならない悲鳴を上げた。
「てめぇはよっ! 毎日一緒にいながら、お前が真っ先に気づかねぇってのは
どういうこった! この阿呆がっ!」
突然の怒声にきょとんとする総司の首根っこは土方に掴まれる。
引き摺るようにして副長室に連れ込まれた後は、セイの夕餉の膳が
完成するまで懇々と説教をくらう事になったのだった。
「確かにね・・・食欲の無い人に土鍋一杯のお粥なんて、無神経ですよね」
そんな簡単な事にも気づかなかった自分に呆れを通り越し、情けなさを覚える。
すみません・・・と小さく謝る総司にセイが首を振った。
「総司様は何も悪くなどありません。お気になさらないでください。
でも、本当にこれを副長が?」
セイが信じられないのも無理は無い。
まるで雛の膳のように整えられたそれには、いくつもの華やかな小皿の上に
二.三口分ずつ盛られた可愛らしい料理が載っている。
胡麻豆腐には甘い香りの味噌ダレがかかり、青菜の煮浸しに入っているのは
鳥のささ身だろうか。
小さな四角に切られた南瓜は今の時期にはまだ早いはず。
どこかで早生の物を入手してきたのかもしれない。
黒い漆椀に半分だけ盛られた粥の上には細く刻まれた昆布の佃煮が
ほんの少し乗せられている。
それが江戸の香りを漂わせるようで、セイの胸がふわりと温かくなった。
「以前土方さんが体を壊して寝ついていた時に、姉上のおのぶさんがこうやって
くれたんだそうです。目で楽しみながら少しずつでも食べられるようにって」
セイの脳裏に時折話に聞くだけだった、副長の姉上という人の像が
鮮明に浮かんだ。
名主の家に嫁いだというその人は、優しく強く何より温かな人なのだろう。
意地っ張りで強情で、けれどとても繊細な弟を深い愛情で包んでいた事が伺える。
セイの目の前にあるこの膳を土方が指図したという事が、その姉の愛情を
弟が違う事無く受け止めていた証でもあるのだから。
「・・・素敵な姉上様なのですね。お会いしてみたいです・・・」
ポツリと呟かれたセイの言葉に総司が微笑んだ。
「そしてね・・・」
もったいぶったように言葉を途切らせた男が、後ろに回した手の平に
何かを包み込んで膳の隅にコトリと置いた。
「全部食べられたら、これがご褒美なんです」
きらきらと光を弾く硝子切子の猪口の中には、つるりと涼しげな葛饅頭が
納まっている。
ちょうど一口大のそれは普段店で売っている大きさではない。
それに何より葛饅頭は盛夏の菓子で、今の時期に店に置かれる物でもない。
「これ、どうして?」
不思議そうに自分を見つめるセイに向かい、にこやかに総司が答える。
「巡察の帰りに屯所の前で鶴翁庵のご主人にお会いしたんですよ。
そしたらこれを貴女にって」
鶴翁庵は屯所近くの和菓子の店だ。
少し頑固な店主の腕は確かで、あちらこちらの菓子を食べ歩いている総司達も
この店の菓子は別格だと思っている。
ただ京の和菓子屋の常として季節に沿わない菓子はけして作る事は無い。
以前も正月の花びら餅を食べ損ねた総司がどんなに頼んでも、時期外れの
菓子など作らぬとそっけなく断られたものだ。
その店主が時期に合わない菓子を作ったとは、やはり信じる事が出来ない
セイの手を総司が強く握り締めた。
「来客用の茶菓子を買いに行った隊士から貴女の不調を聞いたらしいです。
食欲の無い時は喉越しのいい物が良いだろうし、あずきは乳の出も良くする
そうなんですよ。だからこの小さなものを毎日十個届けるから、少しずつでも
食べられる数を増やして、いずれ一日に全部食べられるようになったら
全快祝いに貴女の大好きな桜餅を作ってくれるそうですよ」
だから早く元気になって。
音にされない言葉が確かにセイの胸に響いた。
思えば土方や鶴翁庵の店主ばかりではない。
朝晩と飲んでいる薬湯は一橋公から届けられた高麗人参を煎じたものだ。
庶民がどんなに望もうと手の届かないほどに高価なこの薬を、
自分は惜しげもなく与えられている。
そのクセのある味が少しでも軽減するようにと薬湯に混ぜられている
蜂蜜は会津公からの見舞いの品で、こちらも滋養に良いからと
セイを気遣っての物なのだ。
松本にしても多忙の合間に毎日のようにセイの顔を見に訪れる。
八木の妻女は暇を見つけては屯所を訪ねて来て、洗濯や掃除など
セイの身の回りの細々とした事を片付けてくれている。
一度鉢合わせした松本が「まるで里の母親みたいだぜ」と笑ったほどだ。
勿体無い。
勿体無さ過ぎるほどの愛情に包まれている事を実感する。
そしてその情に応えられない自分が歯痒くて堪らなくなる。
ぎゅっと引き結ばれた唇から掠れた声が漏れた。
「早く・・・早く、元気になります・・・。皆様のお気持ちを、
無駄にせぬように・・・」
ぽたり、と膝元に透明な雫が落ちて夜着に染みを作る。
――― ぽん、ぽん
セイの頭上で大きな手の平が弾んだ。
それは隊士だった頃、落ち込んだセイに対してよく総司がやっていた仕草だ。
「早くなくて良いんですよ。ゆっくりゆっくりで良いんです。大切なのは
最後に行き着く場所なんですから・・・ね?」
ああ、そうだ。
セイの瞳に新たな涙が盛り上がった。
毎日を白刃の中で必死に過ごしていた頃、一日でも一刻でも早く強くなりたいと
気ばかり焦って周囲が見えなくなりかけた時、いつもこの男がこうして宥めてくれた。
いつも傍にいてくれた。
時は充分にあるのだから、焦る事は無いのだと優しい瞳で見守ってくれたのだ。
おそらくそれはこれからも変わらないものだろう。
だからこそあの頃のようにまずは自分の足元を見つめて、自分に出来る事から
ゆっくりと消化していくべきなのだ。
「はい。ゆっくりと、そして確かに元気になります」
「あははは、何だか変な言い回しですね」
波立っていたセイの感情が落ち着いたのを確認して、総司が再び膳を差し出し
ふと気づいたように粥の椀を手に取った。
「すっかり冷めてしまいましたね。せめて粥だけでも温かい物と
交換して貰ってきましょう」
その言葉にセイが首を振って総司の手から椀を取上げる。
「いいえ。大丈夫ですよ。何だか今なら全部食べられそうなんです。
だからこのままいただきますね」
言葉通りにセイが粥を口に運ぶ。
その様子を総司が目を細めて見つめた。
――― とにかく食わせろ。食わなくなったら人間終いだぜ。
松本の言葉が耳に甦った。
――― 切欠は何でもいい。飲み込んじまえば後は口を押さえてでも消化させろ。
乱暴な兄分の言葉も思い出す。
この人を想う全ての人に感謝する。
きっと大丈夫だ。
これから全て好転する。
ひとつひとつを味わうように咀嚼するセイの面に無理の色は無い。
今この人が口にしているのは、単なる滋養の食物では無く、
皆から届けられた強い祈りなのだから。
総司の面に久々に心からの笑みが浮かんだ。
その願いにも似た確信は正しく、土方の教導で病人への食事のコツを掴んだ
賄い方の奮闘と、鶴翁庵店主の心遣いのおかげでセイの食欲も順調に戻り、
ようやく床上げとなったのは出産から実に一月後の事だった。
それから暫くして多少・・・いや、多大な騒ぎと共に総司とセイが屯所の
離れを出て、元の家へと戻り今に至る。
長い回想をようやく終えた土方が大きな溜息を吐いた。
「何にしても、すっかり元気だよな。神谷は・・・」
その言葉に総司が明るい笑いを返す。
「ええ。勿論です。あの人が元気じゃないと皆が困ってしまうでしょう?」
確かにセイが寝込んでいる間、皆どこか落ち着かない様子ではあった。
総司に嫁してからは毎日屯所に顔を出していた訳ではないが、それでも
元気な声を三日と聞かない事は無く、まして日頃は誰よりも元気な女子が
青白い顔をして寝付いていると思えば、まるで日が翳った中にいるような
奇妙な影が屯所を覆っている気がしたものだ。
つくづく不思議な女子だと思う。
確かに総司の言葉通り、あれは元気でいるべきなのだろう。
けれど。
「あんまり元気すぎるのもどうかと・・・」
「ふ・く・ちょうっ!!」
庭に小走りで駆け込んできた話題の主が、土方を指差して叫んだ。
「な、なんだっ!」
そのあまりの勢いに土方が僅かに身を反らせる。
「なぁぁぁんて事をしてくれたんですかっ!」
「だから何がだっ!」
訳もわからず一方的に怒鳴られて黙っていられる男ではない。
セイに負けず劣らずの音量で怒鳴り返した。
「総司様が洗濯をしてるって近所中に響く声で叫んだそうじゃないですかっ!
もう皆に知れ渡っちゃいましたよっ! “困ってるならいつでも言ってな”
ってお隣のマツさんに言われたんですよっ! どうしてくれるんですかっ!」
指を差したままでズイズイと自分に向かってくるセイの迫力は並ではない。
けれどやはり土方は土方だ。
「元はと言えば亭主に洗濯なんぞさせる方が悪いんだろうがっ!
てめぇの非常識さを恥じやがれっ!」
「っ、仕方ないじゃないですかっ! 局長の御用なんですからっ!
いっそ副長がご一緒すれば良かったんですよ、おタマさんへの
着物選びっ!」
「ガキの着物なんざ選んでられるかっ!」
「だったら副長が洗濯してくれますかっ? 自分は何もせずに文句ばかり
言わないでくださいよっ!」
「てっ、てめえ、それが上司に対する言葉かっ!」
「もう、上司なんかじゃないですからね〜! へへ〜んだっ!」
喧々諤々言い合いが続く。
恐らくこのやり取りも近所中に響き渡っているのだろう。
セイに遅れて戻ってきた近藤と洗濯物を干し終わった総司が、
溜息混じりに視線を交し合った。
土方の膝ではそんな騒ぎを気にする事も無く、天下泰平に祐太が眠っている。
沖田家は、今日もこうして平和なのだった。
前編へ